公園 樋口恭介
僕たちだったものが、再び僕を見つけ出す。
いつのまにか僕は僕を忘れてしまったが、かつて僕たちだったものたちは、今も僕のことを覚えている。
僕だけでなく、かつて僕たちだったものたちは、きみのことも、彼のことも、彼女のことも覚えている。
僕たちは昔、子どもという現象だった。だけど子どもという現象がいつ大人という現象に変わってしまうのか、僕は知らない。もう忘れてしまった。人間の機能はそうやって、いつのまにか、いろんなことを忘れてしまうのだ。
子どもという現象だった僕たちは、誰ともなく公園という現象に引き寄せられ、そこでくっついたり離れたりして遊んだ。
「もういいかい?」ときみは言った。
「まあだだよ」と僕は言った。
大人になった僕は、遅れてやってきたその音を聞いた。
素粒子というものについて、いつか誰かに教えてもらったことがある。誰かのことももう覚えてはいないが、全ての現象は素粒子の明滅によって成立していると、何度目かの大人になってから、再び僕は知るのだった。
僕はこうして発生し、子どもの頃の僕はそうして発生し、この公園も、きみも、彼も、彼女も、こうして発生する。
あれから138兆年が過ぎた。
僕らは過ぎ去り、公園も壊され、地球は滅び、宇宙は消失した。僕たちという現象も消え失せたかのように思えた。
それでも、やがてまた、かつて僕たちだった細かい粒子の明滅が、再び僕たちの姿をかたどった。
宇宙は生まれ、地球が生まれ、ここに公園が出現し、そうして僕らは生まれ直した。何度もそれを繰り返した。
もう一度、子どもという現象になった僕たちは、誰ともなく公園という現象に引き寄せられ、そこでくっついたり離れたりして遊ぶのだった。
大人になった僕は、遅れてやってきたその音を聞いた。何度もその音を聞いた。
「もういいかい?」ときみは言った。
「まあだだよ」と僕は言った。
僕はその声を聞いていた。何度もその声を聞いていた。
日が暮れて、僕らは家に帰った。
僕たちの影だけがそこに残った。
樋口恭介
SF作家。『構造素子』で第五回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞